ヒトはいかにしてカミになるのか(8)

阿蘇市一の宮町 国造神社の「手野の大杉」が語る
樹木はいかにして神木になるのか-神は死なず(1)

今回の語り手は、熊本県阿蘇市一の宮町にある国造神社の「手野の大杉」さんです。

ですから『樹木はいかにして神木になるのか』。そして『神は死なない』というお話です。

手野の大杉は、1991年9月の台風19号(通称リンゴ台風)で主な幹が折れたことがきっかけで、枯れてしまいました。
その後も、地元の方たちの手によって根本(切り株)と幹が大切に境内でお祀りされています。樹形の全体を見ることはかなわなくなりましたが、いまも立派な姿で存在しています。

切り株には、枯れる前と変わることのない御神木の意識が宿っています。

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わたしが「ものごころ」のようなものをおぼえたのは、数百年暦、おそらく150から200年暦のころでしょう。
ある時突然、周囲が見えるようになりました。

ニンゲンのみなさんにとっての、「悟り」というものがどうやらそれと近いようですが、ある時忽然と目醒めたのです。
「ああ、わたしはここに在るものだ」と。
その頃は、わたしの周りにも、いまよりもたくさんの木々がおおい、しげっていました。

おそらくニンゲンのみなさんと木々では、流れている「時間」というものは同じではないので、お話するのも少しむずかしいところがありますが、ニンゲンの1日は、夜眠って朝起きる、そして活動して、というものですよね。

木のそのような意識の周期というのは、もっとひとつの単位が長く、数百年眠り、そこから覚めてまた数百年、再びまた眠りにつき…ということをくり返しています。
ずいぶん気の長い話だと思ったことでしょう。眠ることがすきなニンゲンの方は、うらやましいと思われたかもしれませんね(笑)
(次回につづく)

2023.8.7記