ミロク年の出来事(1)
日本の元号の「五、六、七年」の3年間を、「ミロクの年」と呼ぶのだそうです。
この「5・6・7」の数字の並びを「ミロク」と読む世界観は、大本教の神示やそれを引き継いだ日月神示などで見られるものなので、対象になるのは神示がはじまった明治と、それ以降の大正・昭和・平成・令和の5つの時代の「五、六、七年」になります。
仏教では、釈迦の入滅から56億7千万年後に弥勒菩薩(みろくぼさつ)があらわれるとされてきました。そこから56億7千万の「567」に「ミロク」とあてたと考えられます。
一方で「5・6・7」は「6・6・6」でもある、ともされていました。
新約聖書のヨハネ黙示録で、悪魔を表す数字が「666」です。こちらは3つの6で「ミロク」です。
西暦年とちがって、元号の年は天皇の退位と即位によるため、同じ間隔でめぐってくるわけではありません。
実際の「ミロクの年」とその前後にはなにがあったのか。出口なお、王仁三郎の生涯との関連も調べてみました。
明治
ミロク年 明治5年(1872)、6年(1873)、7年(1874)
「みろく」の年がはじまる前年の明治4年(1871)8月27日(旧7月12日)に、上田喜三郎(のちの出口王仁三郎)が生まれています。
明治5年(1872)
この年、田畑永代売買禁止令廃止、学制交付、太陽暦採用、徴兵告諭など行われる
初の全国戸籍調査 総人口約3311万人
3月14日 浜田地震(石見・出雲) M7.1前後
明治6年(1873)
紀元節・天長節などを祝日に定める
2月 キリスト教禁制の高札撤廃
7月 地租改正
10月 明治6年の政変 征韓論争で西郷隆盛らが政府を去る
各地で新政反対一揆が続発
世界的な大不況(1976年まで)
明治7年(1874)
2-3月 佐賀の乱
2月28日 北海道・天塩で地震 M5.5
5-12月 台湾出兵
6月 鹿児島で私学校設立
出口なおの神がかりがはじまったのは、明治25年(1892)1月でした。
その前後の出来事です。
明治24年(1891)
10月28日 濃尾地震 M8.0 国内最大の内陸直下型地震
明治25年(1892)
1月 出口なおに神がかり、「大本神諭」(=立て替え)のはじまり
2月3日 大本開教の日
12月9日 能登で地震 M6.4
12月11日 能登半島西岸で地震 M6.3
明治27年(1894)
8月1日 日清戦争はじまる
明治28年(1895)
4月17日 日清講和条約調印
6月7日 台湾を占領

